由緒・歴史

延喜式内社

延喜式神名帳に掲載される神社

旧県社

近代社格制度における県社

創 建

養老元年(717)

沿 革

延喜式神名帳に掲載される古社。

戦乱により一時荒廃するも、大野城主金森長近により再興され、歴代藩主より厚い保護を受ける。

明治八年に県社列格。

大野原を領く産土神として崇敬され、殊に御霊泉の清水は、癒しの神水として奥越前(大野市・勝山市)をはじめ、県内外の参拝者らに広く親しまれている。

日願・彼岸(おひがん)

春分・秋分の境内風景(社殿後背の飯降山山頂に沈みゆく太陽)

由 緒

『養老元年に泰澄大師が麻生津から白山登拝を思い立ち、大野に到着したとき、南の方の林、清水湧き流れ出る所(篠座)に十日ばかり過ごされた。白山登拝の後、 再び篠座に還られたとき、虚空に声があって「我は大己貴命なり。かかる林泉の勝地であるから常に心を楽しませて降遊する」とのお告げがあり、泰澄大師は一 つの祠を営み、影降の尊容を刻んで安置申し上げた…。』

旧境内図配布用

(写真上 旧境内見取り図)

御 祭 神

大己貴大神(おおなむちのおおかみ)

相   殿

少彦名命(すくなひこなのみこと)

市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)

豊受姫命(とようけひめのみこと)

譽田別尊(ほんだわけのみこと)

木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

本殿・・・・慶応2年(1866)流造り、正面唐破風・千鳥破風付

現在の本殿

拝殿・・・・昭和10年(1935)入母屋造り、向拝唐破風付

現在の拝殿

御神影~菱川師福と篠座神社~

御神影

絵師・菱川師福による御神影。若きころ不治の眼病に苦しんでいた師福は必死に篠座の大神に祈りを捧げ、奇跡的に開眼全治しました。これは大神のご神徳のおかげと悟り、以後月次祭の日にはかならずお礼参りをかかさなかったといいます。御神影は、その参拝時に本人の眼前に現れた大神といわれます。

御 霊 泉

「ふくいのおいしい水」にも認定されている御霊泉の清水は、癒しの御神水として広く親しまれています。

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社記には「大巳貴尊の御仁慈より眼病に苦しむ者を救はむとしてこの霊泉を湧出せしむ」とあり、古くから眼病に霊験が高いことで知られる御神水は、「篠座目薬(しのくらめぐすり)」とも謳われています。

目を清める際は、左目、右目の順でお清め下さい。

また夏越大祓(6月30日の午後7時半 斎行)では、霊泉の清水にて半年間の穢れを祓います。

篠座神社と和歌

社記によれば、篠座神社の神苑は「此地納涼の好地として文人墨客の嘆美する所で、夏季の雅遊園遊会は殆ど凡て此処に催された」といい、当時の風情を感じさせる歌が今に伝えられています。

芭蕉塚2

「 こゝろみに 浮世そゝがん 苔清水 」

境内に残る松尾芭蕉が詠んだと伝えられる句碑。

 「篠座の森にて  小竹倉(しのくら)の 御井の真清水むすびつゝ あかすも今日は遊くらしつ 」  田中 大秀

篠座の森にて

 ※田中 大秀(たなか おおひで)

江戸時代後期の飛騨の国学者。

天保から弘化にかけて越前国を訪問した。

弘化3年(1846)に篠座神社を訪れた。橘曙覧の師匠。

 

「 咲花の にほひも久にさかえよと 守りやすらむ 篠座の神 」  岡田 輔幹

 

※岡田 輔幹(おかだ すけもと)

越前大野藩の漢学、国学者。文化10年(1813)、江戸時代唯一の大野郡志である『深山木(みやまぎ)』を著す。

境内桜

「 篠座や しのにみたれて幣袋 とりあへぬまで 散さくらかな 」  佐々木 弘綱

「 春風は さくらが枝にふきたえて しづかに花の にほひぬるかな 」  佐々木 信綱

明治13年4月20日、佐々木弘綱(当時52才)、信綱(当時8才)親子が、訪れた折に詠んだ歌。『加越日記』に記される。

※佐々木 弘綱(ささき ひろつな)

幕末・明治時代の国文学者。東京大学文学部古典科講師。物語類などの古典解釈と歌道の普及につとめた。

※佐佐木 信綱(ささき のぶつな)

歌人・国文学者。佐々木 弘綱の長男。幼少より父に歌学・国学を学ぶ。

『白山行程記』に記される篠座神社

福井藩士が弘化四年(1847)に書いた『白山行程記』には、

『朝の内は、城下町内をそれぞれ見物に行き、中でも城下を一里ほど離れたと思われる所に、篠座宮の社があった。境内は三丁余り(三三〇メートル)もあるだろう。両側に松杉が生い立って、清い清水もあり、とても佳い風景である・・・』 (『口訳 白山行程記 幕末の白山登山紀行』 著者 村井加代子 より一部抜粋) 等々、白山登山を終えて、大野城下町見物で篠座宮に訪れる当時の様子が記されています。

奥越前(大野市・勝山市)に参拝・観光の際には、どうぞお立ち寄り下さい。

 

里神楽

毎年4月20日、21日の例大祭にあわせて、篠座神社獅子舞保存会によって奉納されます。

(獅子神楽の奉納は20日、21日のいずれか)

〜里神楽あらすじ〜

獅子と天狗が、舞を舞っています。そこへ春日大明神が奥方と通りかかります。

「何と良い所でお会いしました。ちょうど持ち合わせのお酒がございますので、飲み交わしましょう」

天狗と春日大明神はお互いにお酌をし、酒を酌み交わします。

そのうち酔いのまわった春日大明神が、自分の持ってきたお酒を刺して 「結構なお酒で」 と言ったことで二人は大笑いをし、益々機嫌が良くなります。

獅子のいる事も忘れ、すっかり酔いつぶれていた二人は、目が覚めるとそこに獅子がいるのを見付け、何者であるかを問いただします。

「これ、その方、何者なり」

「ウーホー、俺は獅子王なり。その方こそ何者なり」(「ウーホー」は獅子の言葉)

それに対し天狗は 「わしは、鞍馬の山の大天狗」と答えます。

これを獅子は 「鞍馬の山の赤大根」と聞き間違えます。

それを聞いた天狗と春日大明神は 「貴公殿、赤大根だとは、大きな見間違い、聞き違い」 だと言って、再び大いに笑います。

ますます機嫌の良くなった二人は、獅子王を誘って三番叟(※祝儀の舞)を舞い始めます。

その後、乱獅子(※獅子の舞)と続き、最後に天狗の舞で終演となります。

 

※三番叟・・・さんばそう 歌舞伎・人形浄瑠璃に狂言が移入されたもの。開幕前に祝儀として舞われました。

※乱獅子・・・らんじし 獅子奮迅の舞であり、野原を駆け巡る獅子の喜びに満ちた様子を表現するもので、同時に悪魔を退散せしめ、平和を祈るものであるといわれます。

 

しのくら芸能まつり

平成29年4月20日、21日、22日に境内で行われた「しのくら芸能まつり」